7月
21st
水
21st
女、37歳、博士課程中退。
> 1972年、京都府生まれ。
両親と妹を含め4人家族。
家族関係は幼少期よりずっと良好。父親はメーカーのエンジニア、母親は事務職で共働き。実家の生活水準はごく普通で姉妹ともに大学に進学した。両親とも組合員であったので労働組合の必要性や役割については若い頃から聞かされてきた。
小、中学校とも成績は上位でいつも学級委員をつとめ、友人も多く交友関係は良好であった。高校は地元の有名進学校に進んだ。両親と同じような平穏な家庭をつくろうと思っていた普通の女の子だった。
1991年(19歳)、地方の大学に進学、海洋生物学を専攻。
大学の海洋調査実習では女子であるという理由で調査船の航海には参加できずフィールドワークを積むことができなかった。
1995年(23歳)、東京の大学の大学院に入学。博士課程に進み、研究者を目指すも専門分野の就職の機会に恵まれず、2000年(28歳)で博士課程を中退した。
<初職からの経験>
1999年(27歳)9月、大学院在学中に専門学校の講師のアルバイトを開始した。
2000年(28歳)3月、専門学校は春、夏、冬季の3期の休校期間があり、収入不足を補うため、情報通信会社に契約社員として就職した。
2006年(34歳)に入り、情報通信会社の都合で担当業務が数年後に廃止されることが決まったことがきっかけで、個人加盟できる労働組合に相談した。
同年、仲間とともに自分たちで労働組合を結成し、業務の廃止撤回を求めて団体交渉を開始した(現在も団体交渉を継続中)。
2007年(35歳)3月、専門学校のアルバイトを退職。情報通信会社の契約社員専業となり現在に至る。